※本稿は,高校数学における空集合の扱いについて考察するものです.
公理的集合論については,考えません!
n(A∪B)=n(A)+n(B)-n(A∩B)
が常に意味をなすためには,要素の個数が0である集合が必要になる.
そうして定義された空集合は,あらゆる集合の部分集合である.
一般にA∩B⊂Aであるから,A∩B=∅ であるようなBを考えることで ∅ ⊂Aとなるのである.
では,Aに含まれる空集合と,Bに含まれる空集合は,同じなのだろうか?
空集合は1つしかないのだろうか?
結論は
「同じと言えば同じ,違うと言えば違う」
「1つと言えば1つ,色々と言えば色々」
である.
少し長くなるが,お付き合い願いたい.
さて,ここで,「集合の差」を定義しておく(高校数学では登場しないはず).
A-B=(Aの要素のうち,Bの要素でないもの全体の集合)
=A∩(Bの補集合)
☞ここでちょっとした疑問がある方,その通りです!
後ほど,詳しく考えましょう.
【空集合は1つ?―①】
一般に,
(A-B)∩(B-A)=∅ ,A-B⊂A ,B-A⊂B
であり,
∅ =(A-B)∩(B-A)⊂A-B⊂A
∅ =(A-B)∩(B-A)⊂B-A⊂B
であるから,同じ空集合がA,Bに含まれている.
また,
∅ ⊂A∩B,A∩B⊂A,A∩B⊂B
であるから,この ∅ も,A,Bに含まれている.
Aに含まれる空集合と,Bに含まれる空集合は,同じであるようだ.
しかし,(A-B)∩(B-A)=∅ の空集合と,∅ ⊂A∩Bの空集合は,同じだろうか?
((A-B)∩(B-A))∩(A∩B)=∅
だから問題ないのだろうか?
A⊃(Aの部分集合)⊃(Aの部分集合)⊃……⊃(Aの部分集合)=∅
とAの部分集合を次々と連ねて空集合に至る道を作っていくと,どんな道も同じ空集合に至っているのであろう.
Bから初めて,どんな道をたどっても,同じ空集合に至る.
すべての道は空集合に至る.
【空集合は1つ?―②】
上では,少し胡散臭い説明になった.
1つしかないことを,しっかり確認してみたい.
空集合が2つあるとしてみよう.(空集合その1)と(空集合その2)である.
空集合は,あらゆる集合の部分集合であるから,空集合の部分集合でもある.
つまり,
(空集合その1)⊂(空集合その2)
(空集合その2)⊂(空集合その1)
の両方が成り立ち,これは2つの空集合が一致する,ということを意味する.
異なる集合であるはずが一致してしまったので,これは矛盾である.
よって,空集合は1つしかない!
【なぜ,あらゆる集合の部分集合なのか?―①】
上にも登場したが,「補集合」というものがある.
(Aの補集合)=(Aに含まれないもの全体の集合)
では,空集合の補集合は?
(∅ の補集合)=(∅ に含まれないもの全体の集合)
そもそも ∅ には何も含まれていないので,
(∅ の補集合)=(すべてを含む集合)
である.除かれるものが無いからである.
すべてを含む集合を,「全体集合」という.
全体集合は,すべての集合を部分集合として含んでいる.
だから,補集合を考えることで,空集合は,すべての集合に部分集合として含まれている.
(任意の集合)⊂(全体集合)
∴ (任意の集合)⊃(空集合)
【なぜ,あらゆる集合の部分集合なのか?―②】
上の説明では,少しごまかしが含まれている.
そもそも,「すべて」とは??
実は,この辺りで(素朴)集合論は限界を迎える.
すべての集合を要素としてもつ集合
というものを考えられないからである(その集合にそれ自身も含まれて,おかしなことになってしまう・・・).
だから,命題
任意の集合Aについて,「∅ ⊂A」が成り立つ
は,集合論の命題ではなくなっている.
その説明は少しややこしいが・・・
集合に関する条件「∅ ⊂A」の定義域(条件に代入して真偽を考えられるA全体の集合)が,集合にならないからである.
この困難を解決するのに,「公理的集合論」という大人の集合論が採用される.
しかし,高校数学でそれを持ち出すわけにはいかない.
だったら,どうするか?
高校数学に関連するすべての集合を要素にもつ集合
を便宜上,全体集合としてしまうのである.
大人でも,
ふつうに数学をやる上で困らないくらいの十分な量の集合を要素にもつ集合
を全体集合としていると考えられる.
この十分大きな全体集合をXとおくことにする.
∅ =(Xの補集合)
である.X-Xといっても良い.
集合Aについて
∅ =(Aの部分集合)
⊂(Aの部分集合)
⊂……
⊂(Aの部分集合)
⊂A
⊂(Aを部分集合として含む集合)
⊂……
⊂(Aを部分集合として含む集合)
⊂(Aを部分集合として含む集合)=X
という色んな道があり,その両端は必ず同一の空集合と全体集合である.
【実際に数学をやるときには・・・】
実際に問題を解いたりするときには,全体集合が,例えば「整数全体の集合Z」や「実数全体の集合R」などに指定されているときがある.
(奇数全体の集合)
の補集合は,何だろうか?
(偶数全体の集合)
だろうか?
それは,全体集合がZの場合である.
Z-(奇数全体の集合)
=(偶数全体の集合)
全体集合がRの場合は
R-(奇数全体の集合)
=(偶数全体の集合)∪(整数以外の実数全体の集合)
である.
このように,補集合というのは,全体集合の取り方によって変わってしまう相対的な概念である.
ここで,最後の疑問.
【空集合は,本当に1つなのか?】
全体集合Xを固定したら,空集合は
∅ =X-X
として定まり,ただ1つしかない!
しかし,異なる全体集合のもとで考えた空集合,例えば,
(Rでの空集合)=R-R=(RにおけるRの補集合)
(Zでの空集合)=Z-Z=(ZにおけるZの補集合)
(平面ベクトル全体の集合での空集合)
は,同じものだろうか?
これは,前提となる全体集合が異なるので,同時に考えるものではない.
同じか違うか,議論するようなものではない!
どうしても議論したいならば,
X=R∪(平面ベクトル全体の集合での空集合)
を新たな全体集合として,その中で,
X-X=∅
を考えることになり,これ1つしか,空集合はない!
もし
と問われても・・・
全体集合が違うので,比較不能です
と答えるしかない!
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